あすかの日常

春を待ち、夏に焦がれ、秋を染めて、冬に散るなら。

今週のお題「何して遊んだ?」

 

「何して遊んだ?」

 

私は、読書に編み物。家事手伝いなどが遊びだった。


私は幼い頃、どちらかといえば1人で遊ぶ子供だった。

読書に、編み物。縫い物や、家事手伝いなんかをして過ごしていた。大人たちがどう思っていたかわからないが、それで私は楽しかったし、幸せだった。

 

友人と外で駆けるより、本を読んでいたかった。

自分のペースで好きなように、好きな物語に没頭するのはとても楽しかった。夜、布団に入ってからもすぐには寝ずに、本を読んで夜更かしをした。そして、暗い中で本を読むので、「目が悪くなるぞ」と、怒られる日もあった。


別に、体を動かすことが嫌いだったわけではない。ただ、鬼ごっこやドッヂボールで最後に残って捕まると、責められるのが嫌だったのだ。学校という狭い空間では、避けられない、そういった出来事が多々あり、つらかった。

「それなら最初から1人で本を読む方がいい」と、教室で1人、本を読んで過ごした。1人と言っても、同じように室内で本を読んで過ごす子たちは何人かいたし、その子たちと話すこともあった。なので先生たち、大人たちには寂しい子に映っていたかもしれないが、自分なりにとても楽しい幼少期を過ごしていた。

 

今思うと、先に捕まった子や当たった子たちは責められないのに、最後というだけで責められることに怒っていたのかもしれない。

(今でも納得がいかない。思い出すとムカムカしてくる。責めてくるのは先に捕まった子たちだものね。「私より先に捕まったくせに!」と言い返せたらよかったかも?)


家では料理をすることもあった。

料理をすることが好きだったので、家では晩御飯を作る手伝いをした。ハンバーグをこねるとか、きゅうりをスライスしておくとか。そういった簡単なことを、母や祖母が私に仕事として与え、褒めてくれるため続けられたのだと思う。

家事がない時には本の続きを読んだり、編み物をした。


今でも編み物が好きで、冬の間は座布団を編んだり、靴下も編んでいた。最近は、刺繍もまたやりたいと思い、図案を作成している。無地の鞄や、Tシャツにワンポイント刺繍を入れたい。それだけで私だけのものになると思うとわくわくする。いつか服も作ってみたいと勉強中だ。


最近の話だと、この間火の粉が飛んでくつ下に穴が空いたので、それをダーニングをして繕った。糸を選ぶのは楽しかったし、これはこれで可愛いなと思っている。これはワークショップで習った手法だ。穴が空いていても当て布をせずに繕うことができて、とても良い。[ダーニング くつ下]などで調べると、詳しいやり方が出てくるのではないだろうか?

もちろん、私に聞いてもらえれば、喜んで説明する!


「遊ぶ」ということについて、幼少期から思い出しながら書いてみたが、どうだろうか。

そもそも遊ぶとはなんなのだろう?自分が楽しく過ごすことができていたら、それが1番の「遊び」なのかなと感じた。

 

今日も、明日も、これから先、楽しい毎日が過ごせますように。